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【129号】日本の情報システム

■日本と欧米の違い
われわれの概念DB設計法は、まずユーザニーズを満たす画面・帳票を設計し、
これを構成する部品=属性を分析・整理するボトムアップ手法です。

これはまずユーザニーズを満たす自動車を設計し、これを構成する部品を識別・
標準化して自動車を組み立てるのと同じ方法かと思われます。しかしなぜか、
欧米系のDB設計法は、エンティティ→関連→属性→画面・帳票の順に設計す
るトップダウン法ばかりのように思われます。このコンセプトで作られたツールを
導入したためか、日本でも「DB設計はトップダウン」が多く用いられています。
また日本でのERPの成功率は欧米に比してかなり劣ると報告されています。
これも単に商習慣が違うだけではなさそうです。
一方、日本を旅行すると、ホテルのバスは狭いけれどもシャワーのお湯の出は
快調、ウオシュレット化が進んでいて快適です。しかし欧米のホテルのシャワー
はボチョボチョと出るだけ、ウオシュレットなど考えてもいないかに見えます。
テレビや自動車も欧米の発明ですが、今や日本製品がこれらを凌駕しています。
商品が成熟してくると、とことん顧客指向を詰める日本が勝つ、そんな傾向が
あるように見えます。
■素人の比較文化論
一体これはどこから来るのか、そう考えて素人の比較文化論に至りました。欧
米の社会は、命令する人と、命令を受けてこの通りやる人との二階層からなり
ます。これはおそらく遠くローマ時代以来の征服者と被征服者/奴隷からなる
二階層を引き継ぐもので、一種のカースト制とも言えるのではないでしょうか。
家内によると禅の修業にくるドイツ人はみな「掃除は自分たちのやることでは
ない」といってやらない−ほかの人の仕事を奪ってはならないという意味のよ
うですが−とのこと、仕事と人種=文化の対応が今でもはっきりしているよう
です。やる人はERPの決めたやりかたどおりやることに大きな抵抗はありま
せん。
しかし日本は足軽が天下をとることのできる一階層社会で、トヨタ以外でも、
やる人がやり方を考えます。ERPを入れても自分たちのやり方の方がいいと
思うとカスタマイズし、導入・保守の時間とコストをアップさせ、ERPのメ
リットを殺してしまいます。「資本家=搾取する人、労働者=搾取される人」
と分れていないので、共産主義は生まれないし、導入しても定着しませんでし
た。
また欧米は元来大陸の牧畜文化。人の流動性が高く逃げられると追いかけきれ
ない。そこで決済はその場で行い、大晦日の掛取りなどはありえません。月次
決済などは例外的なもののようです。また責任や手順はしっかり自然言語によ
りドキュメント化しておかないと頻発する引継ぎに対応できません。一方日本
は島国の農業文化。脱藩や夜逃げは悪、定着率は高く、村八分になると生きて
いけない。ドキュメントに書くまでもなく、以心伝心でコミュニケーションで
きる。この伝統が職場にも持ち込まれて、かつては終身雇用が当たり前でした。
さらに欧米はO型人間が多く、エリートの発明・革新・最先端志向が評価され
ます。本来あるべき姿をトップダウンに追求すべきとして、改良や定型化はむ
しろ否定されがちです。NASAやDODの課題はこの格好の材料となってい
ます。日本は反対にA型人間が主流、判断の決定権は大勢の非エリートの現場
が握っている−ある意味で衆愚的となる−ため、実利が見えるまで評価が先延
ばしされます。論理的評価は、出すぎた評価として否定され、村八分の危険が
あるため、確立された技術の組合せや改良が中心になります。そこで凡人が衆
知を集めるボトムアップのカイゼン活動が得意です。赤信号に限らず、「みん
な」がどうしているかが、説得力を持ち、1億総懺悔などが行われます。企業
の不祥事に際し、最敬礼が行われますが、社長ひとりではなく役員「みんな」
が最敬礼するから許されるもののように見えます。
(注)血液型と個人の行動様式の相関は、あまり強くないかと思われますが、
民族の文化になると、大数の法則によって、相関が強くなるのではないか、と
の仮説から、あえて上記の書き方にしました。また私自身常識的なことにこだ
わらないO型人間です。
したがって日本では「革新的科学技術は、欧米から来るもの、欧米で評価を得、
さらに実績のあるものを受け入れるべき」との前提が濃厚です。「日本に革新
的なものが生まれるわけがない、もし生まれても自分たちは評価すべきでない、
優れたものならば、欧米に行って評価してもらって箔をつけてから戻って来い」
という手順ができ上がっているように見えます。そこで日本の学者としては、
明治以来、欧米の先進的論文を見つけてきて、これを翻訳、あるいはこれに若
干の自分の改良を付け加えて発表する、学問輸入業者が受け入れられる、とい
うことになります。現場の素材にどっぷりと浸かって自ら格闘する学者との相
性は悪く、必然的に丸山真男のいう蛸壺化の傾向が生まれます。結局、日本は
良し悪しは別として、科学者というより技術者ないし職人の国ということにな
ります。
私の比較文化論はこんなものですが、このきっかけとなった二つの課題につい
て述べてみます。
■ERPに取り組むときの考慮
ひとつはERPとの取り組みです。ERPはやはり欧米文化にフィットした解
です。このため日本での成功には次の要素を考慮すべきと思われます。
・命令する人と、される人が分業している職場ならばよいが、そうでないとき
はギャップが非常に少ない事を確認する
・ERPに移行すべきリソースデータ(マスターデータ)が一元化されている
ことを確認する
・ 一般にモノリシックアーキテクチャであるため、今後の変更に弱いので、
あまり変更が出ないアプリケーションであることを見通す
・「ソフト/プログラムさえできればよい」といった発想が強く、要件定義に
基づく設計開発に比し、人材育成の効果が少ないため、将来のITベースの経
営を担う人を如何に育成するかその対策を別途考える
私は安易なERP導入は、将来の経営者の人材枯渇を招くと心配しています。
いまや企業とは情報生産工場であり、経営者は、その製品=画面・帳票を、誰
がどのように分業し作成しているかを可視化し、この上で今後どうすべきかを
考えなければならないと考えます。情報システム開発には、ソフト作りと同時
に人材育成の側面があったのですが、1990年以降、ダウンサイジングやパ
ッケージ導入が多くなり、システム開発が少なくなって、団塊世代の退職とと
もに、人材枯渇を招いているように見えます。
■PLAN−DBとの摩擦
もうひとつは、私がデータモデリング手法PLAN−DBを開発した際の感想
です。PLAN−DBは欧米のトップダウン手法とは正反対のボトムアップ手
法なので、欧米流を導入し改良するという方法はとれません。基礎から一つひ
とつ自分で考える以外に方法がありませんでした。現場の画面・帳票を集め、
そこに見えるデータ値をボトムアップに分類整理するKJ法的アプローチをと
ることになりました。したがって、非欧米的手法を開発するために欧米的アプ
ローチを行わざるを得なかったわけです。このため「PLAN−DBはよくで
きているようだが、主流ではない」など、欧米的トップダウンアプローチを改
良したアプローチを担ぐ人たちから批判されることになりました。
誰しもアプローチは「地に足のついた」ものでなければと考えますが、その
「地」が異なるところにその摩擦の大きな原因があるかに見えます。すなわち
PLAN−DBでは、まず実装独立のビジネスのデータモデルとプロセスモデ
ルを把握し、次にこれを写像してソフトを作ろうと考えますので、実装は何と
でもなるはず、「地に足がつく」ための条件は「ビジネスを正確に表現してい
るかどうか」になります。一方欧米的を含む多くのアプローチは、所詮ソフト
を作るのだからと「地に足がつく」ための条件として「実装方式と直結してい
る」があるかのように思われます。この「地の違い」が共通理解されていない
ため、無用の誤解が発生しているかに見えるのですがいかがでしょうか。