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【第32号】データ標準化についての誤解

DRI通信32号 データ標準化についての誤解
1999.5.1
新緑が一日一日色合を変える今日このごろでございます。自然の営みは、戦争や
選挙に関係なく、安心できますが、皆様のビジネスはいかがでしょうか。小渕さ
んの対症療法が、問題を先送りしているだけでなければと心配になります。
31号の「戦略と戦術」について、独立コンサルタント戸田忠良さん(EMAIL
fwhe4979@infoweb.or.jp,)から、次のような厳しいご感想をいただきました。
……………………………………………………………………………………
日本人は、戦略の話を好みません。それは、戦略とは「闘う環境自体の変更を企
図するもの」であり、戦術は「与えられた環境での最適な闘いを企図するもの」
であるからです。
日本人は、環境を変えることに基本的に恐怖を抱きます。現在の日本を取り巻く
恐怖は、自分の知っている世界が崩壊する恐怖です。つまり、戦略的な変化に対
しての恐怖です。
特に、それが外部からもたらされるのならともかく、日本人の中から出てくる時
には、絶対に認めないようです。織田信長に対する「世の中を根こそぎ変革する
ことへの恐怖」が明智光秀の反逆を生んだように思います。


同様に、今の日本のそこはかとない反米感情(石原慎太郎に顕著)は、米国流に
流される日本人の恐怖の現れです。それは日本人の戦術重視の価値観に根差す違
和感なのではないかと思います。
DOAにも同様の違和感があるのではないでしょうか。つまり、多くの普通の技
術者の持つ、「せっかく獲得した自分のノウハウの崩壊の恐怖」です。
日本ほど、普通のレベルの人間の意見が通る社会はないと思います。それが、農
耕民族の特色のようです。しかし、世の中が戦略的レベルで変化を余儀なくされ
る時、この「普通の人々の社会」が通用しなくなります。今がそうです。
情報システムの世界でも、「戦略レベルの変革」が起きつつあります。例えば、
銀行業の現在の惨状は、銀行の情報システムのレベルを何よりも示すものです。
戦術的に何度オンラインを作り替えても、結局、新しい銀行業を作るという環境
の変化を生むことには貢献しなかったのですから。
日本において、戦略的な能力が求められる場面は極めて小さく、それは混乱の極
の中で、こっそりと行われる。そして、その後は、何事も無かったように戦術的
な世界が続く。
そんな感想を持っています。しかし、日本がどうとは関係なく、情報システム自
体の議論が業務システムの論理性を問う局面に入っており、それを無視してどの
ようなビジネスも成り立たないのが、これからの世界だろうと思います。
日本人の戦術的視点でも「それを越える何物かが必要」と本当に実感した時に、
新しいものが受け入れられてきたのが日本の歴史のようです。そして、その場面
が近づいてきたように感じられます。以下略。
……………………………………………………………………………………….
思い当たるところの多い内容だったと思います。
さて、今回はDOAと称して企画されるデータの標準化における誤解や失敗につ
いて述べてみます。
システムが大規模化すると、サブシステムに分解して考えるようになり、そのイ
ンターフェースが問題になります。インターフェースとはデータの集まりですか
ら、データの標準化がポイントであることは、多くの人の認めるところとなりま
す。
しかしここで多くの人が第1の誤解をします。データ項目の名前の標準化を健全
なデータモデルの知識なしで、やり始めるのです。いわばフィーリングモデルに
基づいてデータの異同を判断しますから、人によって結果が違います。多大の工
数を投入してから「これは使い物にならない」ことに気づきます。ユーザを巻き
込んだりしていると、以後10年間はユーザの協力を得られなくなります。
第2の誤解は、SEやプログラマに多いのですが、データ項目をプログラムのア
クセスするファイルの項目として、言わばコンピュータの中から見ていることで
す。すると品番マスターの品番も、受注ファイルの品番も、売上げ実績ファイル
の品番もみな同じデータ項目に見えてしまいます。形式や桁数に気をとられて
データの意味/セマンティクスを忘れてしまうのです。ビジネスユーザは、この
三つをはっきりと区別しています。ビジネスユーザは、管理対象ごとにデータ項
目――これをデータモデルでは属性と呼びます――を区別して見ているのです。
このような誤解はユーザ要件を正確にとらえるのに不備なだけでなく、データ項
目を管理対象ごとに絞り込んで扱えないため、生産性を悪化させます。
第3の誤解は、コンピュータの中に見える実装のデータ項目名を、実装環境によ
らず標準化できると考えていることです。実装環境は、メインフレーム、それも
DB2やADABASやアセンブラー、UNIX、NT、JAVAなどいろいろ
あります。これらにおいてみな一つの標準名を使うなど非現実的と言わざるを得
ません。一般に
[データ項目#.環境C]−(実装データ項目名)
のようになるのではないでしょうか。多くは直面している実装環境しか考えてい
ないのかもしれません。これをビジネスユーザとのコミュニケーションに用いる
のは無理があります。実装環境ごと、プロジェクトごと、システムごとのビジネ
スデータ標準化の試みは、非標準化に限りなく近いのではないでしょうか。
第4の誤解は、「データ項目は必ず物理ファイルに登場するはず」というもので
す。社員のデータとして、生年月日があれば年齢は物理的には不要です。在庫
ファイルに実在庫数と安全在庫数があれば、品切れ状態Cはストアしなくて良い
かもしれません。しかしビジネスユーザの認識するデータとして登録し管理する
といろいろなメリットが実はあるのです。
第1から第4の誤解は、必ずしも独立したものではありません。共通しているの
は、ビジネスユーザの見ている、江戸時代から変わらないビジネスのデータと、
コンピュータが登場してから生まれた実装のデータを同じ物として見ようとして
いるところです。これらはある時点の狭い範囲で同じに扱えるように見えても、
それは無理というものです。大規模で、長期に運用するシステムでは、この両者
は分けて扱わなければ収まらないはずです。もう個別システムごとの対症療法ア
プローチでは済まなくなっている企業が多くなっているのではないでしょうか。
「トップが理解してくれないので。」そうです。それが今日本の課題なのだと思
います。