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認識とは選択であるⅡ

DB研を例に「認識とは選択である」を掘り下げます。
DB研とは、T氏が行っているデータベース研究会の通称です。データ総研が創立してから毎年1回実施していますから、もう20回を超えています。その年1年間のトレンドを紹介するセミナーですが、T氏は膨大な量の雑誌から特徴的な記事を見つけて紹介します。(とても好評で、私も大好きなセミナーの1つです)

さて、ここからが本題です。
まず、すべての記事を認識することはできません。
タイトルが目に入り、「これだ」と思わなければ、概要(サマリー)を読む気になれません。
「これだ!と思うか・思わないか」その判断基準はいろいろあるでしょうが、ここで私が強調したいのは、「その判断基準は、その人が信じていること、興味のあることに依存する」です。
もっと踏み込んで言えば、人は「自分が信じていること・興味があることを、検証するように、あるいは追体験するように、出会った事象を認識します」

たとえば、
「ERPのビックバン導入は、EAの視点から見ると柔軟性がなくなるので良くないはずだ」という信念を持っていたとすると、
「ERP導入でも必要となるマスタ統合」とか
「ビックバン導入の課題」などといったタイトルの記事がセンサーに引っかかります。
そして、本文を読み進めると、やっぱり自分が思っていたことと同じ意見だ・・・・・となります。結果、「この記事は良い記事だ、DB研に採用しよう」となるわけです。

わかりやすくDB研を例に話していますが、我々が日々行っているすべての認識が、このように行われているのです。
要するに、我々にとっての実世界の認識とは、「もともと自分の持っていた信念や価値観の検証あるいは追体験なのです」
認識とは、自分のセンサーに引っかかるものを無意識のうちに選び取る行為です。