ある人と日本の製造業が強い理由を議論していたときに、おもしろい仮説を聞いたのでご紹介します。
西洋は、古来より征服する者と征服された者を分ける文化を持っています。この文化が企業の仕事のやり方まで入り込んでいるとしましょう。つまり、命令する者と命令に従って体を動かす者が明確に区別される社会です。
命令する者は、何をどのようにするか、こと細かにマニュアル化します。「その通りにやれ」と指示します。命令に従って体を動かす者は、「その通りにやる」ことが正しいこととして行動します。たとえ、その通りにやって、まずいことになりそうだと思っても。
極端なことを言えば、何か不都合な結果になったとしても、私はマニュアルに従って行動しただけだ。私は悪くない。悪いのはこのマニュアルを作成した者だ」と言うでしょう。
役割分担がはっきりしていると責任の所在もはっきりして良いのですが、最終的な成果に対する責任意識が薄くなります。
「体を動かす者から改善案が出にくい風土、あるいは命令する者が非効率に気がつきにくい風土が、欧米の企業には存在する」という仮説です。
一方、日本の企業はどうか。日本の企業は、すり合わせの文化です。体を動かす人は、作業の途中で「このまま行ったらまずいことになるぞ」と思えば、自分で工夫しやり方を変えようと考えます。上司や関係部署に相談・調整するでしょう。マニュアルを作成する者が、そういった相談を受けて不備を発見すれば、すぐにマニュアルを改訂するでしょう。作業方法を決める者と体を動かす者が、ともに最終成果に対して責任意識を持っています。こうなると欧米よりも改善のサイクルは速くなり、生産性が高まります。
「ある程度の複雑性をもった工業製品は、時間の経過とともに日本の製造業が強くなるはずだ。」という仮説です。
なんとなく納得してしまいますね。
ちなみに情報システムの世界では、
「各フェーズの作業マニュアルを作成する標準化グループ」と
「それを使って作業するプロジェクトメンバ」が別な組織であり、
現場で不備が見つかってもマニュアルにフィードバックされていない、
という話をよく聞きます。
日本人だけど欧米的?この仮説とは別な理由がある?・・・・・・いったいどう考えればよいのでしょう。











