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仕事観

今年のゴールデンウイークは、5連休・7連休なかには11連休の人もいて、充実した休みを過ごしたことでしょう。みなさんは連休をどのように過ごされたのでしょうか?

私は、ゆっくりと休んでいるときに、改めて「仕事とは何か?」と考えてみました。
きっかけは、連休に入る直前にある人と話しているとき、「仕事で人生の時間を犠牲にしている」という言葉を聞いたこと。

私の見方では、その人は「本来自分にはやりたいことがあり、そのために時間を使いたいのだが、仕事で使ってしまっている。だから仕事で人生の時間を犠牲にしている。」と思っているのでしょう。サラリーマン的に定時to定時で仕事を終わりにして、自由な時間がほしいのでしょうか。あるいは「お金を稼ぐためにしかたなく仕事をしている」と思っているかもしれません。

私が気になったのは「犠牲という言葉が思わず出てくる」その人の仕事観です。
仕事はお客様によろこびを感じてもらえる、とてもやりがいのあるものです。自分のまわりの人々に貢献できているという実感は、生きるよろこびでもあるし、自信にもつながります。仕事とは、とてもすばらしいものです。もちろんつらいこともありますが。
また、仕事は単に「お金を稼ぐ」ためのものではありません。

人それぞれに人生の目的があるのでしょうけれど、「本来やりたいこと」と「そうでないこと」を区別して、「仕事は本来やりたいことではないから、人生の時間を犠牲にしている」と思う必要性がどこにあるのでしょう?
これは1つの見方です。

食事の時間、寝る時間、仕事の時間、趣味の時間、親戚とのお付き合いの時間など、生きていくうえではさまざまな事をしなければなりません。基本的にはすべて「本来的にやるべきこと」と思えませんか?仮にそうとらえると、結局はバランスの問題だということになります。どの時間を多くして、どの時間を少なくするか・・・。

重要な点は、すべては有意義な時間であると感じるところ。「犠牲」という言葉はふさわしくない、と私は思うのです。
これも1つの見方です。
結局のところ、仕事という種類の時間をどう解釈するかがテーマです。
解釈は人それぞれで良いのですが、「多くの時間が自分にとって意味のあるもの」と感じる解釈が望ましいと思っています。

黒澤 基博


データ総研のMDMソリューション